【書評】小牧・長久手合戦(平山優・2024・角川新書)

書評

…資料を体系的に読み込んでいく中で、私はこの合戦が、関ヶ原合戦に比肩する『天下分け目の戦い』であり、それは小牧・長久手という地域に留まらぬ、広域の戦役であると確信するに至った。

ー本書6pより


今日は平山優さんの『小牧・長久手合戦』を紹介します。

その名の通り、戦国時代の後半に行われた「小牧・長久手の戦い」に関する本です。

引用されている資料や参考資料のボリュームから、非常に中身の濃い歴史本となっています。

歴史の本ってみんな『歴史上の英雄に学べ』みたいな本なんでしょ?もう読み飽きたよ』という方や、

歴史学って具体的にどんな研究をしているの?』というイメージをつかみたい方に良いのではないでしょうか。

小牧・長久手合戦 秀吉と家康、天下分け目の真相 (角川新書) [ 平山 優 ]

価格:1210円
(2024/12/30 20:29時点)

本書のおもしろいところ

イントロダクション~誰と誰が戦ったのか

知らない方のために簡単に説明しておくと、小牧長久手の戦いとは以下のような経緯で起こりました。

舞台となった愛知県小牧市のホームページにある記載がコンパクトにまとまっているので、引用させていただきます。

天下統一の野望もむなしく、織田信長は、天正10年(1582年)本能寺の変であえない最後をとげた。(中略)
秀吉はこの変後、ただちに山崎の戦いで明智光秀を討ち、織田家の跡目相続を決める清須会議で、信長の二男信雄、三男信孝を跡継ぎと認めず、信長の孫の三法師を跡継ぎとした。そして、信孝と結んで対抗する柴田勝家を賤ヶ岳の戦いに破り、信孝を知多郡野間で自害させ、信長の実質的後継者としての位置をかためた。
秀吉の勢力の拡大に信雄も警戒心を抱き、秀吉と戦うために三河の徳川家康に援助を求めた。天正12年、家康は主家織田氏を助けるという大義名分で、1万5千の兵を率い、清須城へ入り、信雄軍と合流する。


ー小牧市ホームページ(https://www.city.komaki.aichi.jp/admin/soshiki/kyoiku/bunkazai/1_1/2/bunkazai/9162.html)より引用

補足しておくと、三法師のお父さんにして長男の織田信忠(のぶただ)は本能寺の変で死亡しています。

信長の次男・織田信雄(のぶかつ)、秀吉、徳川家康が戦った、ということがわかっていればOKです。

なお、すこしわかりにくいですが、文中にある賤ヶ岳の戦いのときまでは信雄と秀吉はふつうに協力関係にあります。

三法師が当主ですがまだ小さいので、信雄が後見人として実質的な当主のようなことをしています。

この辺りも本書はカバーしているので、興味のある方はぜひ読んでみて下さい。

その1 『当たり前』から突き崩される、ミステリみたいな面白さ

この戦いは『豊臣秀吉と徳川家康の唯一の直接対決!
という説明をされることが多いです。

僕もそういう視点でこの合戦を見ていました。

しかし、本書からわかるのは、当時の人々は「家康と秀吉の戦い」というよりも

『【名目上の天下人・織田信雄(のぶかつ)】と【実質的な天下人・豊臣秀吉】の直接対決』と見ており、家康はあくまで参戦勢力の一つにすぎないことがわかります。

とりブロ<br>(アンチ秀吉)
とりブロ
(アンチ秀吉)

秀吉は信雄の部下であり、京都や大阪辺りの担当者という形です。

(あと当時は豊臣秀吉なんて大層な名前じゃなくて羽柴秀吉って名前だった)

要するに、会社の社長とエリア統括部長の内紛によって起こった社長の椅子をめぐる争いと考えるとわかりやすいかもしれません。

むりやり現代的な構図で説明すると、

超大企業のカリスマ社長(=織田信長)が後継者指名されていた長男とともに事故で死亡。紆余曲折あって就任した二代目社長(=織田信雄)のもと、凄腕の統括部長(=秀吉)が会社を切り盛りしていた。

薄々、みんなが『統括部長が持ってるエリアが売上の大半を挙げてるし、あの人が実質的な社長じゃね?』と思いはじめる中、

統括部長がいよいよコンプライアンスすれすれのことをやり始めたので、社長が先代から昵懇にしている他社の社長(=徳川家康)の協力のもと、部長を解任しようとした。
それに対して統括部長が逆ギレ。社長の解任決議をしようとしている

というような感じでしょうか。(つたわるかな…)

要は『代表権は信雄にあるけど、実質的な決裁権は秀吉が持っている』という状態です。

このねじれ状態を解消するために始まった戦いということになるようです。

最終的にどっちが社長になるの?』というのが争いの主眼にあり、

『社長候補』ではない家康は外部から信雄に協力するプレーヤーです

これは一例ですが、本書には『当たり前だと思っていた前提からして実は違う』という面白さがあります。

その2 地味な戦い…なんて大間違い!

小牧長久手の戦いは教科書にこそ載っているものの、あまり有名ではありません。

とりブロ
とりブロ

2024年12月現在、『関ヶ原の戦い』はGoogle検索で280万件ほどヒット。
『川中島の戦い』も約207万件のヒット数です。
それに対して小牧長久手の戦いの検索結果は約12.5万件ほど。現代での注目度は高くないようです。

ところが、本書からは当時は皇室から全国の国衆に至るまでこの戦いを注視していたことがわかります。

この戦いの勝者が『株式会社織田政権』の最高権力者になるわけです。

それはすなわち、『当時の実質的な最高権力者』を意味します。

さながら現代のアメリカ大統領選』という印象を受けました。

特に公家は権威を重んじるので、当時それなりの官位を持つ『織田信雄』が負けることになると『秀吉が自分たちより上になる』という可能性が出てきます。

とりブロ<br>(成り下がり)
とりブロ
(成り下がり)

秀吉の出身ははっきりしていませんが、身分の低い農民の出身だと言われています。
歴史上、本当に『身分も血筋も学歴もない状態』から成り上がったのは秀吉と、中国で明を建国した朱元璋、矢沢永吉の三人だけなのではないでしょうか。

良くも悪くも貴族社会の序列に大きな変化が起こる可能性もあるほか、どちらに気に入られていれば生き残れそうか、当時の公家たちは神経をとがらせていたようです。

こうした『今のぼくたちから見るとこうだけど、当時の人たちはこう思っていた』
という『当時の第三者の目線』にまで連れて行ってくれるのも魅力です。

その3 まるで日本全土を巻き込んだ群像劇?

規模は全く違いますが、まるで第一次世界大戦を彷彿とさせる登場人物の多さです。

東は東北南部、西は中国・四国地方あたりまでの戦国大名はほぼ全員が何らかの形で登場。

プレーヤーとして絡んでくるほか、宗教団体や地縁団体も出てきて参戦するので、文字通りこの戦いが『上から下まで全国規模』であったことが本書からはわかります。

当然小説ではなく歴史書なので筆致としては抑えめですが、一つの群像劇のような感覚で読むこともできるはずです。

感想

結局どっちが勝った?戦略・作戦・戦術からみるとわかりやすい

唐突ですが、戦争には戦略・作戦・戦術の3つの次元があるそうです。(参照

一番上に戦略があり、それをもとに作戦を遂行。作戦を実現するために戦術を行う。


そのため戦略が一番大事である。

最初聞いたときは「わかるような、わからないような…」という感じだったのですが、
本書を読む上でこの3つの概念をアタマにおいて読み進めると、「ああ、そういうことか」と腑に落ちました。

というのも、本書は小牧長久手の戦いは、外交戦略が非常に重要な働きを果たしていたことを明確に浮き彫りにします。

無職という戦略をとり続ける鳥
無職という戦略をとり続ける鳥

外交戦略にかなり紙幅を割いており、実際に『小牧長久手での戦闘』を扱うのはなんと300pあたりにさしかかってからです。

詳しくは本書を読んでほしいのですが、戦略次元での両者の動きを比較すると、
やはり秀吉の動きが非常に優れており、信雄・家康陣営はやや見劣りする印象を受けました。

作戦・戦術の次元では家康が秀吉に対し有利に進めます。

しかし、戦略次元でのミスを作戦・戦術の次元で挽回することは難しいという定理があります。

しばしば『小牧長久手の戦いってどっちが勝ったのかわからん』という声をききますが(だから人気がないのかも)、

とりあえず自分なりにまとめるとすれば、『作戦・戦術レベルでは秀吉を圧倒した場面もあったが、より高次元の戦略面で秀吉が有利に事を進めたため織田・徳川方は次第に苦境に陥り、不利な形で和睦』ということになります。


そうした戦略・作戦・戦術という次元で展開を分析してみると面白いです。

あくまで僕の理解なので、『違うんじゃないの?』という方はぜひ本書を読んでみてください!

織田信雄はほんとに無能だったのか?

また、本書を読んだ大きな理由の一つに

織田信雄は本当に無能だったのか??

を確かめたかったというのがあります。というのも

途中で家康には勝てないと悟った秀吉が方針転換して織田信雄を集中攻撃した。

家康に比べて信雄は秀吉の敵ではなく、壊滅の危機に瀕した信雄が単独で講和してしまったため、家康は(まだ戦えたのに)戦闘の大義名分を失った

というのが僕の小牧長久手の戦いの理解だったからです。

通説でもこういった形で、『信雄=無能』という主張を目にすることがあります。

しかし本書を読んでみると、

『単純に地理の関係上、信雄の方が攻撃しやすかっただけなんじゃないか』

『これ、ふつうに家康も運が悪ければ壊滅してたな』

有能ではないかもしれないけど、まるっきり無能っていうにはちょっとかわいそう

という感想に落ち着きました。

よく歴史上の人物の判断を引いて、『なんでこの人、この時こんな判断したの?無能じゃね?』と揶揄する声があります。

そういう楽しみ方も否定しません。

ただ当時は、判断ミスは本当に命の問題に直結するので、みんなそれなりの根拠に基づいて判断していたはずです。

平山先生の著書は『まるっきりの無能や有能なんておらず、だいたいがその中間にある』とあうことを明らかにしてくれるので面白いです。

また、誰かが『大名として生き残ってる時点で有能』と言っていましたが、この立場に立てば信雄は有能です。

まとめ

面白いと思う歴史の本には共通点があります。


それは読んでいる最中に、
あれ?もしかして知ってる結果と違う結果になるのでは』と思わせてくれることです。

本書を読んでいる最中も『秀吉が勝つ』とわかっているのに

もしや信雄・家康サイドが勝つんじゃないか」と思いながら読んでいました。
(まあ、ありえないんですが…)

また人によっては秀吉の方へ肩入れしたり、家康に感情移入する人もいるかもしれません。

また、各地域の豪族が重要な役割を果たしていることもわかるので、そこへ感情移入する方もいるかもしれません。

年末年始に少し骨太の歴史本が読みたい、という方は購入してみてはいかがでしょうか。

読まれた方は感想を教えてください。

ではまた。

【付記】
平山先生の本は何冊か読ませて頂いていますが、大河ドラマ(『真田丸』)の元ネタにもなった真田信繫(角川選書)がもっとも読みやすく、おすすめです。
おそらく一番有名な『武田氏滅亡』(角川選書)は700p越えの大書ですが、これも厚さの割には意外にも(失礼)読みやすいです。もし本書が読みにくいという場合や、武田や真田の方が興味がある、という方にはこちらの2冊もおすすめです。

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